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18/04/2011

不都合な真実〜私の

私が何かしたからって
世界が変わった訳じゃなしとは思うけど
もう少し何かできたんじゃないかなって
あの日から、ずっと心の何処かで後悔している。。。

今から20年以上前
創刊されたばかりの『DAYS JAPAN』を手に取ったのは
ホンの偶然で、
それまで、スイッチを押せば明るくなり
ご飯が炊けて、TVが見られ、音楽が始まり・・・

当たり前すぎて、何一つ疑問にも思わなかったこと。。。

チェルノブイリも遠くの対岸の事故で
TVで『ヨーロッパで高い放射線の値が確認された』
と言ってたのは記憶にあるけど
自分には関係ないことだった、様な気がする。

あの年に産まれた娘が2歳になった頃パラパラ捲った雑誌は
あまりにも身近で考えることなんて
それまで一度もなかった電気が
どんな仕組みで供給されるか。

今となって、いろんな人が考えるようになったけれど
その頃はネットなんてなくて
どうやって原発を止める手立てがあるのか
居ても立ってもいられなくて
広河隆一さんや高木仁三郎さんの書いた本を読み
原発反対運動をしている人に連絡を取ってみる。。。
(手紙のやり取りというアナログ!)

伊方の出力調整反対
(今、いしだ壱成クンがブログに書いていますね)
と六ヶ所の再処理施設施工反対の
署名をして・・・

デモというのも関心を持ってもらうのに効果的ですよ
と言われたけれど、小さい子供もいて
現実的とも思えなくて・・・

住んでいた地で学生運動家だったように思える人からは
(原発問題が一般の人にも受け入れられるような世の中になったのだ)
と返事を頂き

青森の六ヶ所再処理工場反対の運動をしている方からは
何度か○○通信というような会報を頂いて、

当時、世の中の話題になった
『東北熊襲発言』
これについても
ひどい会社だから、この会社に
抗議の電話や手紙を送りましょう!
との知らせが届き・・・


・・・だけど、この会社に私は雇ってもらい、いろんな人と知り合い
勉強したんだなぁ・・・・
やっぱり、それはできないよ!
と、直接的な反対活動?から遠のいていった私。

それ以外に私にできる事は!と友達や親に原発ってさぁ
と伝えたけれど
昨日まで話すことといったら
卵の特売や子供服のバーゲン、幼稚園は2年保育にする?
TVのドラマ、子供にどんな習い事をさせるか・・・だったのに
いきなり、チェルノブイリでね。。。
なんて話したところで・・・(面食らうよね・・・)

母からは新興宗教にハマッてしまったかと説教され、、、
恩師からは『社会に関心を持つのは大事だが・・・』
と心配され、
友人たちは『不安になったのは分かるけどねぇ』
と何だか世の中から取り残されたみたいになって・・・

それでも
明日にでも原発が事故を起こしたら
水がない!オムツが足りない!
ミルクは必要なくなったから大丈夫か
って買い置きしたんだっけ・・・

一先ず、今日は大丈夫だった。
って思いながら目の前の子供達を育ててたなぁ・・・

車で30分も走ると
鉄条網で囲まれた大洗の原燃があり
更に先の大きな国営の遊園地へ行くと観覧車の下は東海原発??

これといって大きな企業がない町では
誘致して補助金が出て、雇用があって
『原子力と共に歩む平和な町』
みたいな横断幕が街の入り口に掛かっているんだよね・・・

東京生まれの東京育ちだった私は
違和感のある風景だったけど
本で知ったことが目の前にある現実。

日々の生活と子供達を育てるのにいっぱいで
気がついた日から何ともなかったんだから
明日もきっと大丈夫・・・
新聞やテレビで偉い人たちが言うように
アメリカやソ連で事故があっても
日本の原発は絶対事故など起こしません。
エコでクリーンなんて言葉をウソクサイと思いながらも
娘達も学校に通うようになって
私も以前ほど原発に囚われなくなって

周りの誰にも頷いてもらえない
どうにもならない事を考え続けるのは
段々とシンドく・・・

田辺聖子さんや景山民夫さんがエッセイの中で
原発について語っているのを心強く読んだり
新聞の片隅の小さなニュースに思いを馳せたりしたけれど

こんな思いに煩わされるより
自分の生きがいに邁進?したい〜
と節電だけがせめてもの毎日。

TVが大きくなったり、欲しかったオーブンが手に入ったり、
人並みにPCや携帯を使うようになったり、
後ろめたい気持ちは ちょっぴりあったけど、
便利な日々は嬉しいし、いいことかも。。。
なんて思うようになった頃の事故。
怖いよね〜なんて
話し出した友人だったけれど
ご主人の勤務先と関係があったと
翌日からは口をつぐみ・・・

賛成でも反対でももっと
話をすることが大事だったのかもしれない。


娘もあの時から、関心があったみたいで
(同じ県内に居てあの日もテニスの部活に励んでいたのだから・・・)
今回初めて互いに話した母と娘。

最低限、自分にできることは
原発反対を訴える人に投票すること・・・
と選挙だけは欠かさず投票したけれど

原発反対!と掲げていた人が
与党になったらいつの間にか推進派??
(かなりがっかり、江田さん・・・)

毎度同じ政党に投票する私に娘は
『お母さんじゃなくて、あかあさんだよね!』
と呆れるように笑っていたけれど
今回、初めて理由を話して・・・
『原発は政策のメインにはならないんだもん、
国民投票できたら私はそれを受け入れる・・・つもり』
と20年以上思っていたコト語る母。。。


意見の食い違いはあるけれど
意外にも問題意識を持っていたわが娘。
自分の中でわだかまっていたことを
二人で話せたことは良かったかな。

震災チャリティーバザーに行って
パッと手に取った東野圭吾の『天空の蜂』
この本が出ていたのは知ってたけど
自分の中では原発に心の整理をつけていたので
好きな作家だけど何年も手を出さなかった本。
コレは私の為ね!と迷うことなく手にとって、、、
娘に続いて読了。

『世の中にはないと困るが、
まともに目にするのは嫌だってものがある。
原発もそういうものの一つだ』

『蜂に刺されて初めて、子供は蜂の怖さを知る』

無関心でいることの恐ろしさを東野圭吾は伝えていて・・・
小説よりも、もっと先の事態に進んでしまったこの国。

復興のために今までどおりの生活ををすることと
エネルギー、、
どう選択するか目の前に突きつけられているのに
半世紀も生きてきたけど未だに明確な答えが出なくて、
先送りしてきたコト、
もう一度話してみるのもいいのかもしれない。


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お気に入りだったミニバラ。
一昨年くらいから雑草のような羊歯が絡みつき、
虫が付きやすくなって、薬を吹き掛ける位しかしなかった私。
バラ好きな友達に植え替えを薦められ、
12月中にするのが良いらしいけど、
ようやく2月になって新しい土を用意して…

びっしり根を張った羊歯を取り除き、
肥料をやっていたらぐんぐん伸びて
葉っぱも鮮やか!
来月は花も咲かせてくれるかな。

何かを始めるのに遅いというコトは
ないんだと信じて・・・

2年近く悶々として
自分の中で振り返りたくない過去だったんだけど
こんな形でさらけ出して・・・

それでも続けてた日々の
甘い生活もしたためていかないとねup

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